4月21日:石巻の始業式と入学式。活動報告

※現在、石巻を中心に、学校や子ども達の教育と遊びの支援を行っております。
4月に入って数回被災地を訪れており、その報告は、
以下のサイトで仲間が紹介してくれていますのでご覧ください。


 
                      (撮影:たかはしじゅんいち氏)

4月21日から学校が再開した、石巻市の学校へ
始業式と入学式の写真を撮りに行ってまいりました。
(日帰りで!)


今回の訪問校は、
午前中に、牡鹿半島にある大原小学校谷川小学校の入学式・始業式。
午後からは、渡波中学校の入学式。


大原小学校には、専属のカメラマンがおらず、
先生方がデジカメで記録を残す、ということが決まっていました。
しかし、たかはしじゅんいち氏からの申し出に、
「プロに撮って頂けるなら、とても嬉しいです!」
とおっしゃっていただき、今回の撮影が実現することになりました。

実は、大原小学校では、谷川小学校という津波で大きな被害を受けた小学校を
受け入れています。
1つの校舎に、2つの学校が入っている。ということになるのですが、
このような学校は他にもあるようです。

                      (撮影:たかはしじゅんいち氏)

大原小学校は、新入生が6名。
「急きょ昨日1名増えたんです。」と1年生の担任になる先生が教えてくださいました。
教室はすでに準備がされていました。

                         (撮影:中川綾)

そして、体育館などの飾り付け、入学式・始業式をより想い出深いものにしようと
め組JAPANの方々が数日前から泊まり込んでいたそうです。
体育館や校舎の飾りつけは、本当に素敵でした。

↓め組JAPANのみなさん
                         (撮影:中川綾)

大原小学校と谷川小学校は、あくまでも違う学校です。
私は、式くらいは一緒にやるのかな?と想像していたのですが、
大原小学校は体育館で。谷川小学校は教室で。行われました。

最初は「せっかくなんだから一緒にやればいいのに」と思っていたのですが、
それぞれの式を拝見して、そういうものではないんだな。と思いなおしました。
各学校で、伝えておきたいこと、大切にしたいこと、は
当然ながら、似ているようで違うのです。

                      (撮影:たかはしじゅんいち氏)

大原小学校の始業式は、2年生から6年生までの16名で行われました。
新しく着任される先生方に向けての歌の練習もあり、
「カントリーロード」を聴くことができました。


その後、谷川小学校の始業式に参加。
谷川小学校は、新入生がいないので、始業式のみでした。

                      (撮影:たかはしじゅんいち氏)

7名の児童と、先生方の温かいやりとりのある始業式。
担任発表は、いつでもどきどきするものですね。


少し谷川小学校の校長先生とお話をさせて頂けたのですが、
谷川小学校は、校舎全体が大きな被害を受けたにも関わらず、
児童全員が助かったとのこと。
それを聞くことができて、本当にほっとしました。

                         (撮影:中川綾)

しかし、ほとんどの児童の家は流されてしまったそうで、
やはり、学校では明るく過ごしていても、
夜になると泣いたりする子もいる、と教えてくださいました。
私たち大人にできることは、子ども達の変化に気を配りながらも、
安心して日常を過ごしていける環境をつくることなのではないかと思わされました。


                      (撮影:たかはしじゅんいち氏)

その後、再び大原小学校の入学式へ。
緊張の面持ちで新入生6名が入場し、着席します。

保護者の方々だけでなく、多くの地域のみなさんも見えていました。

                         (撮影:中川綾)

地域で子ども達を祝う入学式です。

                         (撮影:中川綾)

それにしても、写真家・たかはしじゅんいち氏が、
集合写真を撮るための準備を始めた時の、
子ども達の興味津津な様子と言ったら!!


「こうして、写真家、という仕事もあるんだな、とインプットされたら嬉しいな」

と、たかはしさんがおっしゃっていたのが印象的でした。


                      (撮影:たかはしじゅんいち氏)

全ての式が終わって、帰るまでのバスを待つ間、
(現在、2つの小学校は別々にバスでの送り迎えがあります。)
め組JAPANの方々が、歌を歌ったり、風船を飛ばしたりして、
子ども達を楽しませてくれていました。


新年度の始まりです!



私たちは、入学式の写真をアルバムにして再訪問する約束をし、
2つの小学校を後にし、
被害を受けた谷川小学校の様子を見に行くことにしました。

車で15分くらいだったでしょうか。
私たちは、着いてすぐに、言葉を失いました。

                      (撮影:たかはしじゅんいち氏)

通学路は崩れ、

                         (撮影:中川綾)

体育館は跡かたも無く、

                         (撮影:中川綾)

                      (撮影:たかはしじゅんいち氏)

                         (撮影:中川綾)

校舎は吹き抜け、

                         (撮影:中川綾)

                 (撮影:中川綾)

大きな木が…。

                         (撮影:中川綾)

全員が無事に生きていてくれたこと、
先生方の選択と行動に感謝です。


牡鹿半島を後にする途中で、大原小学校の卒業生たちが
防波堤に描いた絵を撮影しました。

                      (撮影:たかはしじゅんいち氏)
                      (撮影:たかはしじゅんいち氏)

こうして毎年、卒業生たちが描き残していくものが、
来年もまた描かれますように。



次は、渡波中学校の入学式へ向かいます。

                      (撮影:たかはしじゅんいち氏)

今回は、事前に石巻でボランティア活動をしている、
わたなべくんからのお願いで、
渡波中学校の入学式の「飾りつけ」のお手伝いもさせていただいていました。
お手伝いと言っても、

・紙花のセット(上の写真に写ってますね!)
・習字セット
・輪かざり用セット
・「入学おめでとう」の文字

を現地に送ってほしい、という要望に応えただけなのですが、
「他に何があると入学式が華やかになるだろうか。」
EFCの仲間と相談したところ、

「生花!」

とのことだったので、
ゲキハナの古屋店長にお花をお願いしました。
(ゲキハナの理念はこちら

すると、

『やっと花屋の出番が来たか!』

と、なんと、ご寄付いただくことに!(感謝!!!!)

そのお祝いのお花はこちら。


きれい!派手!


日程がギリギリだったので、本当に間に合うか心配だったのですが、
ヤマト運輸はすごい!
送った次の日にはきっちり着いたそうです。


私たちは、ただ飾り付けグッズをお送りさせて頂いただけでしたので、
実際に体育館を飾り付けたのは、わたなべくんをはじめとするボランティアの方々。
実際に訪問するのがとても楽しみでした。

実はこの渡波中学校は、
津波で大きな被害にあっており、入学式と始業式は特別に体育館でできるものの、
授業そのものは、各学年違う学校でバラバラに受けることが決まっていました。

体育館も、事前に先生方とボランティアの方々が、
できる限り綺麗にしようと、泥をかき出し、掃除をして、
やっと実現した、という経緯もあります。

このように、学校全体がバラバラになっている例も少なくはないようです。

                         (撮影:中川綾)

そんな中行われた入学式に、続々と集まり、入口でクラス分けをチェックする
新入生たち。

                         (撮影:中川綾)


その横には、私の友人が書いてくれた「入学・進級おめでとう」の文字。

(ゆみちゃん、ありがとう!)


桜も待ち構えていたかのうように咲きほこり、
思わず先生方、切ってしまったようです。笑

                         (撮影:中川綾)

壇上には、桜とゲキハナからの生花が。

今回、お花をお贈りするにあたって、ゲキハナの古屋店長に、こう言われました。

「花っていうのは、あくまでも脇役。
 忙しい時には、なんとも思わないかもしれないけれど、
 全てが終わって、ほっとした時に、
 『ああ、花があって良かったね』と言ってもらえたらそれでいいんだよ。」

一人でもいい。そう思ってもらえていたら嬉しいです。


入学式が順調に始ったのを確認し、
私たちが次に向かったのは、湊水産

                      (撮影:たかはしじゅんいち氏)

私は3回目の訪問。たかはしさんは2回目の訪問です。

少し話は変わりますが、
たかはしさんは、あるプロジェクトを開始しています。
その名も、「hope for the future」 
被災地で過ごす方々を復興とともに定期的に写真撮影をし、
アルバムに入れて届け、届ける度に前回訪問時の写真を渡す。
という素敵なプロジェクトです。

なんと、その第1弾が、みなと水産の木村夫妻!!
ということで、お届けしました。

                 (撮影:中川綾)

奥様のやーやさんは、もらったアルバムを見て、

「どんな物資よりも嬉しい!!!」

と大喜びしてらっしゃいました。

前回の撮影から3週間弱。
お店の周りの様子も、笑顔も、違う。
確実に変化していることが分かる。
これこそ写真の素晴らしいところなのではないでしょうか。

私たちは、たかはしさんの活動をこれからも応援します!

もうお気づきの方もいらっしゃるかと思いますが、
今回訪問した、大原小学校や谷川小学校のみなさんにも、
次回訪問する際には、アルバムをお届けします!
ぱちぱちぱちぱち
(次回は、5月6日に訪問します!)

今回の訪問は日帰りという強行でしたが、
やはり、門出は笑顔がいっぱいです。

                         (撮影:中川綾)

お邪魔した私も、とっても元気になったのでした。
次回もまた、笑顔を増やせますように!


 

東北地方太平洋沖地震の災害応急対策のための緊急交通路の指定について

警察庁緊急災害警備本部
平成23年東北地方太平洋沖地震の災害応急対策のための緊急交通路の指定について

 http://www.npa.go.jp/archive/keibi/biki/kinkyukotsu.pdf

是非ともお読みください。



【是非お読みください】放射能水準の調査結果について

友人である、文部科学省生涯学習政策局政策課の官僚から、
以下のようなメッセージが届きました。
どうぞ、どうぞみなさまお読みください。

ーーーーーーー

鈴木副大臣の切なる伝言を受け、お送りさせていただきます。


先ほど、文部科学省で各都道府県の放射能水準の調査結果を公表いたしました。
プレスリリースを添付させていただきます。

いまのところ、東京、栃木等若干の上昇は認められるものの、平均値では通常の
国内自然放射線量からの大きな上昇はございません。
このデータは、今後、毎日2回、更新してまいります。

どうか下記のデータを、各方面へネットで徹底的に、広めていただけません
でしょうか。

○ 都道府県別環境放射能水準調査結果[平成23年3月15日(火)13時30分]

アクセスの集中を防ぐため、文部科学省ホームページほか、
下記にも情報を掲載しておりますので、ご覧ください。

※ 本データは今後毎日2回更新いたします。

○ ご参考:日常生活と放射線  (PDF:316KB)




福島第一原発のことを受けて、既に心ない風評が流れつつあるように聞いております。
また、近隣自治体の発表でも、エビデンスを示さなかったり、一部のデータのみを
取り上げる等、あおるような発表でその真意を疑ってしまうようなものもございます。

こうしたことをうけて、東京の教育現場の動揺が始まっているという話も聞こえ
てきます。教員の動揺が子どもに、地域に広がることを強く懸念しています。

「待避」や「被ばく」というような言葉のちからは、あまりにも強烈でございます
この言いしれぬ「不安感」に惑わされるのではなく、しっかりとしたエビデンス
に基づき、いまこそ、全ての人がこのことを直視して判断していただきたいのです

被災現場で必死に生きようとしている方々と、必死の対応を続けている原発
関係者の方々へ想いをよせ、すべての人が公を担う気持ちをもって、支え合い、
今回のことに立ち向かい、乗り越えられる。そのように信じています。

本データは、今後毎日2回、更新してまいります。
毎日2回、ご自身の目で確認いただきたい。このデータに注視していただき、
どうか、エビデンスに基づく判断を呼びかけていただきたく。

切に切に、お願い申し上げます。

ーーーーーー



災害時の障がい者の方への対応について

MLからの引用

  【障がい者の方への対応のお願い】

 障がい者の人は災害のときに光が当たりにくいです!!
 僕の弟もダウン症なので いつも 考えてしまいます。お願いです!!
 これを回してください!!学生の繋がる力に期待しています!!
 私は、これが誰かの目にとまり 障がい者の人の存在に気づいてくれるだけで
 幸いです!!
 どうぞ宜しくお願い致します。
 まず、バトンを神戸から繋ぎます。

 ※知らないことが沢山あります。コピーの上広くお伝えください!!

 皆さんの助けが必要です。
 障害者は、大地震やその他大きな災害が起こった時、状況を把握したり、避
 難場所への移動ができません。そのような時、皆さんの助けが必要です。

災害時に障害者が困ること

 *正確な情報を受け取ることができません。(聴覚障害者や知的障害者など)
 *周囲の状況が把握できません。電柱や塀の倒壊、道路の亀裂などがわかりません。
(視覚障害者、知的障害者)
 *自分の意思をうまく伝えられません。(聴覚障害者や知的障害者など)
 *パニックに陥ってしまうことがあります。
 *避難場所まで移動できません。
 体育館での生活が困難です。
 車椅子など肢体不自由者や視覚障害者は、避難者で混雑する状況では動きが
 とれず、トイレにもいけません。ご理解と援助をお願いします。
 *正確な情報を教えてください。
 *意思を伝えられない人がいますので、簡単なコトバで、
 文章は短く切ってやさしく話しかけてください。
 *周囲の状況がわかりません。
 *安全な場所までの避難ができません。
 *車椅子や視覚障害者は、移動できません。奇声を発することがありますので、
 避難場所での生活が困難です。
 
避難誘導及び援助の仕方

【1】 視覚障害者の場合
 *どこに逃げれば安全か、教えてください。
 *家の周りの状況を教えてください。
 *避難場所まで誘導してください。

〈誘導の仕方〉
 1.肩や腕を貸す形で、半歩前を歩いてください。
 2.視覚障害者を押したりひっぱたりしないでください。
 3.誘導しているとき、周りの状況を伝えて下さい。
 4.方向を示す時は、時計の針の位置で伝えて下さい。
(例えば、時計の文字盤による方向は、右は3時、左は9時、正面は12時と考えます。)
 
【2】 聴覚・言語障害者の場合
 *家に来られても、音や声ではわかりません。
 懐中電灯などで照らしてください。こちらは、笛を吹いたりして知らせます。
 *ラジオの情報など教えてください。
 *避難所で食事の配給などの音声情報が入りません。その内容を伝えて下さい。

 〈コミュニケーションの方法〉
 1.筆談(ひつだん、紙に書いて伝える):
 筆記用具がなければ、相手の手のひらに指先で文字を書いたり、
 空間にゆっくりとひらがなで字を書きながら口を大きく開いて、話しかけてください。
 2.読話(どくわ):
 あなたが話す形をみて、内容を理解します。私の顔を(正面を)見て、
 口を大きく開いてはっきりとゆっくり話しかけてください。
 3.手話(しゅわ):
 手の形や表情・動きを(身振り)中心に、身体全体で
 コミュニケーションを行う方法です。
 多くの聴覚障害者が使う方法です。覚えるとなかなか楽しい面もあります。
 講習会、手話サークルなどで、少しでも覚えていただけると大変助かります。
 その他、身振りで伝わる場合も多いです。また、話し手の表情も言葉のうちです。
 4.ファックスなど:
 電話回線が使えるときは、ファックスで連絡をしてください。
 電子メールも有効な伝達手段のひとつです。
 *全ての聴覚障害者が手話をするわけではありません。

 【3】 肢体不自由者(車椅子など)の場合
 *家が住めないような状態や火事にならない限り、在宅で過ごす人が多いと思
 われます。水や食料の配達をお願いします。
 *エレベータが止まると、他の階に階段を使っていくことができません。援助
 者が複数必要です。
 *車椅子の押し方や、避難の方法は、障害者(及び家族)と相談してください。
 *見た目では、ハンディがあるとわからなくても、呼吸器や内臓に疾患がある人や、
 膀胱や直腸に障害のある人などもいます。そうした人が困っていたら、
 緊急連絡先に連絡して、その後の対応に協力してください。

 【4】 精神障害者・知的障害者の場合
 *パニックに陥っているときは、「大丈夫」「安心しなさい」とか、
 「助けに来たよ」と声をかけ、安心・落ち着かせてください。
 *現在の場所にいることが危険な場合は、避難場所など、
 安全な場所まで連れて行ってください。
 *話し方については、わかりやすく簡単なことばを使ってください。
 話は短く切って、一問一答のように確認しながら話してください。
 *できるだけ早く、家族や作業所に連絡を取ってください。



ニュージーランドから日本へ

東北地方太平洋沖地震が起き、もうすぐまる2日になります。
ニュージーランドに住む知人より、以下のようなメッセージが届きました。
少し先の日本の参考になるかと思い、ご紹介させて頂きます。
 
----------------------
2011 年 2 月 22 日 12 時 51 分発生から 20 日目
市民から見た「クライスチャーチ地震」直後に起こった事、感じた事
3 月 11 日発生(3 日目)の東日本大震災の復興に向けてお役に立てれば

日本と NZ における背景も習慣も違いますが、震災直後から 2 週間程度の動きを取り急ぎ列記しました。
市民目線なので不確かな情報もありますが、参考になる点が一つでもありましたらお役立て下さい。
私のふるさとである岩手・東北全域の”地域力”を信じております。
ご質問等があれば気軽にお尋ね下さい。tony@222chc.net


一、市長、首相の強いメッセージに毎日励まされる 
マスコミ報道を通して、被災者+生活者目線で、勇気づけの言葉・表情を何度も毎日見られ、ココロを強く持てた。
色が暗めのジャンバーではなく、明るいジャンバー着用も気持ちが沈まずに済んだ。


二、市役所機能の再開は一軒一軒の訪問から 
市役所は中心地で立入禁止区域となり、職員は周辺拠点で分散して業務再開。
各戸建物安全チェックが迅速に始まる(赤:立入禁止、黄色:一部危険/制限付き使用可、緑:自分で確認の上使用可)。
税金などの支払い等も「遅延ペナルティなし」といち早く告知される。
図書館はしばらく閉鎖、借りている本は返さないで下さい、と周知徹底される。
移民局も自動延長ビザの周知徹底。
最も重要だった役割の一つは、一軒ずつ歩いて訪問して、
「無事の確認」「連絡先の配布」「ココロ暖かい言葉」を提供してくれたこと。
私の家には 5 日目に来た。


三、正確な物資情報を、強く繰り返し伝える 
深刻な被災者救助と並行して、一般市民のパニックを抑える努力が見て取れた。
震災 2 日間は、スーパーやコンビニ、ガソリンスタンドに長蛇の列ができたが、
3 日目には食糧、ガソリンが届いている事が周知徹底された。
被害エリアによって異なるものの、昨年 9 月の時の教訓が活きたようで、
スーパー、ガソリンスタンドの営業再開が早かった。


四、ライフラインも情報伝達が大切 
当日の停電、断水 8 割から、2〜4 日後には回復開始、当然のことながら被害の小さいところから復旧。
給水車、簡易トイレの迅速な配置、また TV・ラジオ・Web でその情報周知が徹底される。当市は都市ガス普及率が低く、かえって災害時は安全だった。
都市ガスは使用禁止、プロパンガスはほぼ通常通りの配達、BBQ 用の 9kg ガスボンベの
無料充填サービスが暫く続いた。電気のない家庭でも庭の外にあるBBQ コンロで調理ができた。


五、飲み水にも増して、トイレ排水 
豊富なミネラルウォーター、ジュース、給水車で飲み水確保の復旧は比較的順調だった。
それよりも下水処理寸断によりトイレ排水使用制限が続いたため衛生面への心配が続いた。
庭に穴を掘って処理する家庭もあった。


六、ゴミ収集車、郵便配達 
収集可能な地域は被災週から収集開始、2 週間後には、衛生面を考慮して「一般ゴミ(赤)」と
「生ゴミ(緑)」は毎日収集とアナウンスがある。
郵便配達は翌週月曜日(7 日目)から再開。


七、通信は混乱、その後「フリー」通話へ 
当然、設置電話は使用できず。
携帯電話もほぼ不通、連絡やりとりは、「携帯 TXT」と電気が通っているエリアの
「インターネット」のみ。
国内通信よりも、ニュージーランド⇒オーストラリア⇒ニュージーランドと
海外を経由して情報を取り合う方が早かった。
なお国内通信最大手 Telecom はしばらくの間「通話無料」サービスを続けた。
Vodafone は 2 週間後から。


八、フリー新聞が役に立つ 
もともと無料配布の週数回の地元新聞紙が、スーパーやガソリンスタンドで翌日から無料配布される。
電気がない地区は TV が見られないので新聞情報で全体像をつかめた。


九、銀行 ATM は即日使用可能 
キャッシュレス社会の NZ ですが、ATM は比較的早く回復。支店がしばらくは閉店。
3〜5 日目頃から徐々に再開。
行員も被災者が多く、安全な都市からボランティア行員を募り営業体制を構築。


十、航空会社の$50 チケットサービス 
震災翌日から、安全確認された空港使用が可能。
エア・ニュージーランドはクライストチャーチから出たい人々向けに
片道$50(約 3000 円)で、一日 2,500 席を用意。緊急避難も含めてあらゆる方対象。
すぐに満席となる。


十一、避難所、仮宿の迅速なネットワーク 
当日〜数日間は「避難所」収容人数が膨らんだが、3〜7 日目で、各家庭、親族や友人宅へ仮住まいを開始。
まるで緊急ホームステイのようで、私も1家族4人を受け入れ既に3週間がたつ。
また安全なホテル・モーテルも無償宿提供されたが、
利便性の良い宿ほどマスコミが占拠する光景には納得できない。


十二、学校は安全確認されるまで 2 週間 
市内全域学校封鎖。余震が続くので安全確認(建物・水・設備など)のチェックは 10 数回にわたる。
地震 14 日目頃から再開、現在 5 割まで、今週以降で 8 割強まで再開予定。
残り 2 割弱は再開未定で、約 1〜1.5 万人の生徒児童のうち、
3 分の 1 は別の町へ、残りは再開校で合同授業体制の構築へ。
1 週間目頃から教会 BBQ、紙芝居、スポーツイベントなど子どもたちの元気発散づくりが各地で始まる。


十三、二次災害は“液状化”による粉塵 
当市の場合は火災や爆発は最小限、それよりも“世界最大の被害”となる液状化が町の 3 分の一を覆う。
地下の砂と水が混じり合って泥水として地上に噴き上がり、当日は膝下くらいまでの場所もあった。
翌日からのボランティアの多くは、スコップ隊として沈殿した泥除去に当たる。
その後は、微細な粉塵と化してしまい、洗濯物が干せない、家の中が砂まみれ等が続く。


十四、互助ネットワークの立ちあがり 
震災当日はもとより、徐々にボランティア活動が活発化。
行方不明捜索や家を失った者などへはプロの支援サービスが提供される傍らで、
若者の呼び掛けにより 1 万 5 千人のボランティアが、街中清掃、泥スコップ隊、
簡単な瓦礫除去、避難所補助などに参画、また、飲み水の個人的提供、暖かい風呂の提供、携帯充電。。。
など震災者同士の「互助」ネットワークが立ちあがっていった。


Kia Kaha / Be strong / 強くあれ!            及川孝信@222CHC.net
(先住民マオリ語にちなんだ現地で勇気づけ合う言葉)
現地被災者互助ネットワーク in  クライストチャーチ

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