ニュージーランドから日本へ

東北地方太平洋沖地震が起き、もうすぐまる2日になります。
ニュージーランドに住む知人より、以下のようなメッセージが届きました。
少し先の日本の参考になるかと思い、ご紹介させて頂きます。
 
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2011 年 2 月 22 日 12 時 51 分発生から 20 日目
市民から見た「クライスチャーチ地震」直後に起こった事、感じた事
3 月 11 日発生(3 日目)の東日本大震災の復興に向けてお役に立てれば

日本と NZ における背景も習慣も違いますが、震災直後から 2 週間程度の動きを取り急ぎ列記しました。
市民目線なので不確かな情報もありますが、参考になる点が一つでもありましたらお役立て下さい。
私のふるさとである岩手・東北全域の”地域力”を信じております。
ご質問等があれば気軽にお尋ね下さい。tony@222chc.net


一、市長、首相の強いメッセージに毎日励まされる 
マスコミ報道を通して、被災者+生活者目線で、勇気づけの言葉・表情を何度も毎日見られ、ココロを強く持てた。
色が暗めのジャンバーではなく、明るいジャンバー着用も気持ちが沈まずに済んだ。


二、市役所機能の再開は一軒一軒の訪問から 
市役所は中心地で立入禁止区域となり、職員は周辺拠点で分散して業務再開。
各戸建物安全チェックが迅速に始まる(赤:立入禁止、黄色:一部危険/制限付き使用可、緑:自分で確認の上使用可)。
税金などの支払い等も「遅延ペナルティなし」といち早く告知される。
図書館はしばらく閉鎖、借りている本は返さないで下さい、と周知徹底される。
移民局も自動延長ビザの周知徹底。
最も重要だった役割の一つは、一軒ずつ歩いて訪問して、
「無事の確認」「連絡先の配布」「ココロ暖かい言葉」を提供してくれたこと。
私の家には 5 日目に来た。


三、正確な物資情報を、強く繰り返し伝える 
深刻な被災者救助と並行して、一般市民のパニックを抑える努力が見て取れた。
震災 2 日間は、スーパーやコンビニ、ガソリンスタンドに長蛇の列ができたが、
3 日目には食糧、ガソリンが届いている事が周知徹底された。
被害エリアによって異なるものの、昨年 9 月の時の教訓が活きたようで、
スーパー、ガソリンスタンドの営業再開が早かった。


四、ライフラインも情報伝達が大切 
当日の停電、断水 8 割から、2〜4 日後には回復開始、当然のことながら被害の小さいところから復旧。
給水車、簡易トイレの迅速な配置、また TV・ラジオ・Web でその情報周知が徹底される。当市は都市ガス普及率が低く、かえって災害時は安全だった。
都市ガスは使用禁止、プロパンガスはほぼ通常通りの配達、BBQ 用の 9kg ガスボンベの
無料充填サービスが暫く続いた。電気のない家庭でも庭の外にあるBBQ コンロで調理ができた。


五、飲み水にも増して、トイレ排水 
豊富なミネラルウォーター、ジュース、給水車で飲み水確保の復旧は比較的順調だった。
それよりも下水処理寸断によりトイレ排水使用制限が続いたため衛生面への心配が続いた。
庭に穴を掘って処理する家庭もあった。


六、ゴミ収集車、郵便配達 
収集可能な地域は被災週から収集開始、2 週間後には、衛生面を考慮して「一般ゴミ(赤)」と
「生ゴミ(緑)」は毎日収集とアナウンスがある。
郵便配達は翌週月曜日(7 日目)から再開。


七、通信は混乱、その後「フリー」通話へ 
当然、設置電話は使用できず。
携帯電話もほぼ不通、連絡やりとりは、「携帯 TXT」と電気が通っているエリアの
「インターネット」のみ。
国内通信よりも、ニュージーランド⇒オーストラリア⇒ニュージーランドと
海外を経由して情報を取り合う方が早かった。
なお国内通信最大手 Telecom はしばらくの間「通話無料」サービスを続けた。
Vodafone は 2 週間後から。


八、フリー新聞が役に立つ 
もともと無料配布の週数回の地元新聞紙が、スーパーやガソリンスタンドで翌日から無料配布される。
電気がない地区は TV が見られないので新聞情報で全体像をつかめた。


九、銀行 ATM は即日使用可能 
キャッシュレス社会の NZ ですが、ATM は比較的早く回復。支店がしばらくは閉店。
3〜5 日目頃から徐々に再開。
行員も被災者が多く、安全な都市からボランティア行員を募り営業体制を構築。


十、航空会社の$50 チケットサービス 
震災翌日から、安全確認された空港使用が可能。
エア・ニュージーランドはクライストチャーチから出たい人々向けに
片道$50(約 3000 円)で、一日 2,500 席を用意。緊急避難も含めてあらゆる方対象。
すぐに満席となる。


十一、避難所、仮宿の迅速なネットワーク 
当日〜数日間は「避難所」収容人数が膨らんだが、3〜7 日目で、各家庭、親族や友人宅へ仮住まいを開始。
まるで緊急ホームステイのようで、私も1家族4人を受け入れ既に3週間がたつ。
また安全なホテル・モーテルも無償宿提供されたが、
利便性の良い宿ほどマスコミが占拠する光景には納得できない。


十二、学校は安全確認されるまで 2 週間 
市内全域学校封鎖。余震が続くので安全確認(建物・水・設備など)のチェックは 10 数回にわたる。
地震 14 日目頃から再開、現在 5 割まで、今週以降で 8 割強まで再開予定。
残り 2 割弱は再開未定で、約 1〜1.5 万人の生徒児童のうち、
3 分の 1 は別の町へ、残りは再開校で合同授業体制の構築へ。
1 週間目頃から教会 BBQ、紙芝居、スポーツイベントなど子どもたちの元気発散づくりが各地で始まる。


十三、二次災害は“液状化”による粉塵 
当市の場合は火災や爆発は最小限、それよりも“世界最大の被害”となる液状化が町の 3 分の一を覆う。
地下の砂と水が混じり合って泥水として地上に噴き上がり、当日は膝下くらいまでの場所もあった。
翌日からのボランティアの多くは、スコップ隊として沈殿した泥除去に当たる。
その後は、微細な粉塵と化してしまい、洗濯物が干せない、家の中が砂まみれ等が続く。


十四、互助ネットワークの立ちあがり 
震災当日はもとより、徐々にボランティア活動が活発化。
行方不明捜索や家を失った者などへはプロの支援サービスが提供される傍らで、
若者の呼び掛けにより 1 万 5 千人のボランティアが、街中清掃、泥スコップ隊、
簡単な瓦礫除去、避難所補助などに参画、また、飲み水の個人的提供、暖かい風呂の提供、携帯充電。。。
など震災者同士の「互助」ネットワークが立ちあがっていった。


Kia Kaha / Be strong / 強くあれ!            及川孝信@222CHC.net
(先住民マオリ語にちなんだ現地で勇気づけ合う言葉)
現地被災者互助ネットワーク in  クライストチャーチ

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